大判例

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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)1742号 判決

原告 月日教おうかんみち教会本部

右代表者代表役員 谷喜三

右訴訟代理人弁護士 太田耕治

被告 電源開発株式会社

右代表者総裁 大堀弘

右訴訟代理人弁護士 仁科康

主文

一、愛知県収用委員会が昭和四八年六月一二日付でなした別紙物件目録(一)記載の土地のうち同目録(二)記載部分の権利取得による損失補償額を五七一、七五三円とする裁決を七一〇、二二二円と変更する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「一、愛知県収用委員会が昭和四八年六月一二日付でなした別紙物件目録(一)記載の土地のうち同目録(二)記載部分の権利取得による損失補償額を五七一、七五三円とする裁決を二三、五八九、四三二円と変更する。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、被告は特別高圧送電線佐久間西幹線東部分岐線新設工事の起業者であるが、右工事の必要上、昭和四八年三月一二日愛知県収用委員会に対し、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地のうち同目録(二)記載の部分につき、線下土地使用、保安伐採土地使用等(以下本件土地使用という)を権利内容とする権利取得裁決申請を行い、同収用委員会は同年六月一二日これに対する裁決をなした。右裁決によると、被告の前記線下土地使用等の権利取得に伴う損失補償額は五七一、七五三円と定められた。

二、右収用委員会の決定した損失補償額は不当に低額であり、本件土地使用により原告の蒙る損失は次のとおりであって、その総額が原告に対し補償されなければならない。

1 原告は宗教法人であって、昭和三六年一一月四日、別紙物件目録(一)記載の土地三筆(以下、本件土地という)を、神意に従い本殿、修業場、その他の宗教設備を設け宗教活動の中心とする予定で買い求めたもので、着々その準備を進めてきたが、本件土地は、その中央に滝があって修業場に最適であり、本殿、宿泊所等の建築にも適している。本件土地は客観的にみても宅地予定地であり、山岳でもなければ、山林にしか利用できない土地でもない。本件土地使用により本件土地上空に二筋にわたって送電線が設置されるが、これにより本件土地は宗教感情のうえから宗教活動の地としては完全に失格であり、また一般の宅地としても悪印象を生じて価格が低落するうえ、送電線下の土地については建物禁止等その利用が大幅に制限されるので、本件土地の価格は主観的にも客観的にも大幅に低下すること必至である。

2 線下土地および保安伐採土地(五六二二・三六平方メートル)の価格低下について。右土地は元来一平方メートル当り三、〇〇〇円の価格を有したところ、本件土地使用により建築禁止等大幅に使用方法が制限され、右制限は永久的であるから、その地価は五〇パーセント低落した。

従って、その損失は八、四三三、五四〇円である。

3 本件土地中右2の土地を除いた土地(四〇、五一九・六四平方メートル)の価格低下について。本件土地は一団の土地で主観的にも客観的にも一団として利用さるべきものであるところ、その中央部に二筋にわたり使用部分が生じたため残余の土地についても著しい利用制限が生じ、少なくとも本来の土地価格の一〇パーセントの低落が明らかである。従って、その損失は一二、一五五、八九二円である。

4 転地のための費用

原告は、本件土地使用の結果、本件土地上における宗教活動を断念し、他に土地を求めて計画を立て直す予定であるが、本件土地の売却、新たな土地の発見および買入れのために必要な経費は少なくとも三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

三、よって、原告は収用委員会の裁決による損失補償額五七一、七五三円を二三、五八九、四三二円(二、2、3、4の各金額の合計)と変更することを請求する。

(請求原因に対する認否)

請求原因一および同二1のうち、滝が本件三筆の土地のほぼ中央にあること、右土地上空に二筋にわたる送電線が設置され、その線下土地に建物建築禁止等の制限が付されることは認めるが、その余はすべて争う。

(被告の主張)

本件土地は山岳地帯の一部であって建物の建築等に適していない。また、交通の便も悪く、かりに宅地化するとしても遠い将来であり、莫大な経費を要する。従って本件事業認定日(昭和四八年一月二二日)現在の一平方メートル当りの価格は、本件裁決において認定された六一五円が相当である。

原告は、送電線が本件三筆の土地の中央部を通過し、宗教活動の地として失格となる旨主張するが、右送電線二筋は右土地の両端を通過するにすぎず、原告といえども使用する電力を送る送電線の存在が宗教活動の地として失格となるとは考えられないし、そもそもかかる主観的特殊事情は補償対象にならない。

土地収用法七四条の残地補償の対象となる一団の土地とは、単一の経済的目的に供用されているという客観的状態をいうのであって、その予定という主観的事実まで含むものではないから原告が本件土地は一団の土地であるとして残地補償を請求するのは失当である。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件土地が原告の所有であり、滝が本件土地のほぼ中央にあること、原告主張のごとき裁決がなされ本件土地上空に二筋にわたる送電線が設置され、その線下土地に建物建築禁止等の制限が付されたことは当事者間に争いがない。

二、土地収用法七二条によると、使用する土地に対する損失補償はその土地および近傍類地の地代および借賃等を考慮して算定した事業認定告示時における相当な価格をもってなされるが、本件の如く高圧送電線架設による地上空間の使用については、その使用が長期に亘るところから、土地の所有権価格(取引価格)に、当該土地の利用が妨げられる程度に応じて適正に定めた割合を乗じて得た額を一時払として補償することができると解すべきところ、原告は、本件使用による損失補償につき、本件使用土地(線下土地および保安伐採土地)の価格は一平方メートル当り三、〇〇〇円とし、その五〇パーセントの価格が本件使用による損失額であると主張するので、以下検討する。

本件使用土地の所有権価格(取引価格)につき、原告は一平方メートル当り三、〇〇〇円であると主張するが、右主張を認めさせるにたりる証拠はない。

≪証拠省略≫を総合すると、本件土地は愛知県東加茂郡足助町の北西端部で、同町と西加茂郡藤岡村および豊田市三者の境界線の交点の南南東に当り、名鉄バス梨の木停留所の南南西約二キロメートル、名鉄三河線西中金駅の北東約五キロメートルのところに位置し、本件土地の三百数十メートル西側には、足助町と藤岡村および豊田市との境界をなして北東から南西に流れる矢作川があり、この東岸を、舗装された幅員六ないし七メートルの県道島崎猿投線が通り、同県道の東側沿道部分は本件土地に接続する山林であり、本件土地の東、南および北の三方は標高二百メートル前後の起伏に富む山林地帯で、本件土地の近辺には人家は存在しないが、約一キロメートル離れた右県道沿いには小集落があること、本件土地はこのような山林丘陵地帯の一画に当る南北に長い長方形型の不整形地でありその地表は胸高直径数センチメートルから二〇ないし三〇センチメートルくらいのものが散在する松の木とその他の雑木からなる傾斜の急な山林で、公道には接せず、地域内はいわゆる踏み分け道や沢を通路とし、地盤は花崗岩質から成ること、原告は昭和三六年一一月ころ、宗教施設等を建設し宗教活動の中心地とするため、そのほぼ中央に落差一〇メートルくらいの滝のある本件土地を購入し、爾来右建設等の計画・準備を進めてきたことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件告示当時、本件土地は一方を川、三方を起伏に富む山林に囲まれ山林丘陵地帯の一画を占める、雑木林から成る傾斜の急な山林であり、周辺には県道が通っているが人家はほとんどなく宅地造成等の開発工事の徴候も認められず、交通事情はバス・鉄道の停留所・駅から遠く不便であって、本件土地の立地条件ないし自然的条件はたやすく宅地化を可能ならしめるものではなく、本件土地の宅地的要素ないし宅地としての利用価値は極めて低いものというべきである。

原告は、本件土地は宅地予定地である旨主張するが、右認定のとおり客観的にみて本件土地は山林であって、その宅地的要素は極めて低いのであるから、前記認定のごとく本件土地に宗教施設建設の予定があるとしても、未だ確実に宅地化されるべき事績を認めさせるにたりる証拠がない本件においては、右予定があることから直ちに本件土地を宅地予定地として把えることはできない。

右認定事実に、鑑定人河合元三の鑑定の結果を併せ考えると、本件土地を含む地域一帯は自然景観を利用したリクレーション適地とされ、新都市計画法に基づく無指定地域であるが、矢作川中心線より両側各五〇〇メートルは愛知高原国定公園特別地域に指定され土地の形状の変更・工作物の設置等について制約され、また各所に土砂の流出崩壊の防備を目的とする保安林が点在するのであるが、折柄の土地ブームによりゴルフ場建設を目的とする土地需要と投資家の仮需要が交錯し、ピーク時の昭和四七、八年には三・三平方メートル当り二、五〇〇円程度で取引がなされたこともあるところ、地域一帯および近傍類地の地価趨勢を基準にすれば、本件告示当時における右地域一帯の地価水準(標準価格)は一平方メートル当り八〇〇円程度であり、しかも右時点における価格は前述した事情から需給関係の不均衡により売手市場化して必ずしも正常価格とは認めがたく、前記自然公園法・森林法の制約下にある部分を包含している点を加味すると、右地価水準に二五パーセントのマイナス補正を施した一平方メートル当り六〇〇円の価格が本件土地の客観的取引価格であるということができる。

≪証拠省略≫によれば、本件告示当時、隣村の藤岡村奥山地区において山林が三・三平方メートル当り七、〇〇〇円で売買された取引例を認めることができるけれども、前記認定の本件土地の位置、状況、周辺の状況、地域一帯の地価趨勢から考えて、右取引例は必ずしも適切な近傍類地の取引価格ということはできず、地に前記認定の一平方メートル当り六〇〇円を超える価格を相当と認めるにたりる証拠はない。

もっとも被告は、本件使用土地の所有権価格(取引価格)は一平方メートル当り六一五円であると主張し、右主張額は前記認定額を上回るから、原告の利益のために右主張額をもって本件使用土地の所有権価格(取引価格)とみるべきである。

原告は本件使用土地の所有権価格(取引価格)の五〇パーセントが本件使用による損失額であるとし、その根拠として、本件土地は宗教施設を建設し宗教活動の中心地とする予定であったところ、本件使用によって不可能となったと主張するが、土地所有者たる原告の右の如き特別の主観的事情は使用による損失額を算定するうえで考慮すべき事柄ではなく、また、右五〇パーセントが相当であると認めさせるにたりる証拠はない。

鑑定人河合元三の鑑定の結果によれば、送電線架設を目的とする使用裁決例三五例(昭和二〇年ないし四六年二月)を分析した結果、使用権による制約割合を三分の一としたものが最も多く、また、使用土地に対する全面制限(建物建築不可)の場合の阻害率(使用権による制約割合)を一六ないし三三パーセントとしたものが大半であること、他方、所有権が使用・収益・処分権より構成されその比率が均等であるとした場合、林地である本件土地の培養力に着目すれば、右使用収益権に対する阻害は皆無であり、右処分権については高圧送電線が客観的に視認しうる限りで市場性の低下を来し、その権利対価に対する制約割合は五〇パーセントが相当であること、さらに、将来における転換の期待性を若干勘案すれば、結局、本件における阻害率は二〇パーセントが相当であるということができるところ、当裁判所も、前記認定の本件土地の状況および使用態様から考えて、阻害率即ち使用権設定による損失を所有権価格の二〇パーセントとするのが相当であると思料する。

なお被告は、本件土地の更地価格を一平方メートル当り六一五円とした場合、本件使用による損失補償額は九七、〇一三円が相当であるとし、≪証拠省略≫によれば、右補償額は右更地価格に土地の使用料年五分の利率、土地の利用制限率六分の一、使用期間六〇年の年利五分による複利年金現価率を各乗して算定したことを認めることができるが、右利用制限率を六分の一とした具体的根拠は明らかでないから、結局、右被告の主張を是認することはできない。

従って、本件使用による損失補償額は六九一、五五〇円(615円×0.2×5,622.36m2)と算定される。

四、残地補償に関する土地収用法七四条にいう一団の土地とは、連続した土地全体が単一の目的に供せられ、全体として経済上の利用価値を有するものと解せられるところ、前記認定のとおり、本件土地は雑木林からなる山林であり、その利用の仕方につき別段の状況もうかがえないのであるから(原告主張の宗教施設建設は単なる予定であり、未だ具体化していないことは先に認定したとおりである。)、本件土地全体が単一の経済的目的に供せられているとはいえない。

従って、本件土地が一団の土地であることを前提にして、本件土地から本件使用土地を除いた残地につき補償を求める請求は理由がない。

また、原告は転地のための費用を本件土地使用による損失補償として請求しているが、右費用は本件土地使用により所有者たる原告が通常受ける損失とはいえないから、原告の右請求は失当である。

五、以上の次第で、本件使用による損失補償額は、前記三において算定の六九一、五五〇円に土地収用法七一条、同施行令一条の十二に規定する法定修正率一・〇二七〇(各指数が別表のとおりであることは格別当事者間に争いがない。)を乗じた七一〇、二二二円が相当であるから、本件裁決における損失補償額五七一、七五三円は変更を免れず、原告の本訴請求は右認定の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 鏑木重明 樋口直)

〈以下省略〉

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